みんなどこかで頑張っている
ラーメンを食べると幸せを感じるのは自分の人生が満たされているせいでもあるかもしれないと最近考えるようになってきました。この前も飲みに行った後に好きなラーメン屋でラーメンをすすっているときに私はなんだか幸せを感じた。
とはいえ、昔に比べて多くのお酒を飲んだりたくさんの量の食事をとることはできません。
それは物理的に食事ができなというわけはなく、もし食べたいだけ食べものを食べ、飲みたいだけお酒を飲んでいたら体が悲鳴をあげることを知っている。
だから、自分だけではなく多くの人はある程度の年齢になれば、節制しなければならなくなる。
このようなことを考えるってことは歳をとったのかもしれない。
しかし、今の自分くらいの年齢の人でもなんでも好き勝手にやっているけれど体は引き締まっている人というのもいる。そのような人は今でも体を動かしているからなのでしょうか。
たまにはジムに通おうかと考えるけど、その時間を他のことに使ったほうがいいと思っていて未だにジムに通っていない。
何かきっかけがあれば運動をやりたいとは心の中で強く思っているんだけど。
社会人としてある程度の年月を経ているので、周りにもある程度羽振りのいい人とそうでない人が現れてくる。
でもここは大都会東京とは違い、そこには貧富の差というか、収入格差というものは東京のそれと比べると非常に小さいものだと思う。
どうしてそのように思うのかといえば、勉強のできたやつが大学に行き、それから一流企業に就職し、海外よく行く人も身近に一人だけどいるからだ。
うまくいっている人というのは人前によく出てきて、さえない人はひっそりと暮らしているので、あまり目立たないので、華々しい活躍をしている人だけが目立つのかもしれない。